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2017年5月11日

◆◆◆◆ 《第453回》マクロン大統領 ◆◆◆◆

 
今週日曜日、フランスの大統領選挙の決選投票が行なわれ、中道独立系のマクロン候補が六十六%の得票率で国民戦線のル・ペン候補を破った。三十九歳のマクロン氏は一八四八年に四十歳で就任したナポレオン三世の記録を塗り替え、フランス史上で最も若い大統領となった。
直前の世論調査ではマクロン氏が大きくリードしていたが、昨年英米の重要な投票では世論調査に反する結果が出ており、「今回もひょっとしたら」と思った向きも少なくなかった。しかし蓋を空けてみると事前の予想通り順当な結果に落ち着いた。極右で反EUのル・ペン氏が勝っていたら欧州は間違いなく大混乱に陥っていた。それが回避出来たのはご同慶の至りである。
いうまでもなくこの結果を誰よりも喜んだのはドイツのメルケル首相とEUのトゥスク大統領であろう。イギリスは昨年EU離脱を決めたが、他の加盟国の間にもEU本部の強引なやり方に反発が起きており、首脳陣は神経を尖らせていた。彼らが最も恐れていたのは離脱のドミノ現象である。しかし、今年三月に行なわれたオランダの総選挙では反EUのウィルダース氏率いる自由党が親EUの自由民主党に敗れ、今回のフランス大統領選では同じく親EUのマクロン氏が勝利を収めた。離脱のドミノ現象は杞憂に終わり、EUの首脳陣は「これで心置きなくイギリスとの離脱交渉に臨める」と思っているだろう。
第一回目の投票で二位になったル・ペン氏だが、決選投票までの短い間にいくつかの重大なミスを犯した。その一つはマクロン氏との公開討論で国家理念や経済政策を語らず、専ら相手を攻撃するのに時間を費やしたことだ。とくにお粗末だったのはインターネットに流れた不確かな情報に基づきマクロン氏に「あなたは租税回避地のバハマに口座を持っているのではないか」と発言したことである。彼女は「あれは単なる質問だった」と後で釈明したが、マクロン陣営はすぐさま検察に告訴し、ル・ペン氏の軽率さを印象づけることに成功した。


ル・ペン氏の二つ目のミスは通貨に関する発言がぶれたことである。彼女はこれまで「EUを離脱するとともにユーロを廃止しフランを復活させる」と主張して来たのに、四月末になって「ユーロの廃止は急がない」とトーンダウンし、さらにマクロン氏との討論で「企業活動ではユーロを使い、国民生活ではフランを使う」と再び主張を変えた。ユーロからフランに切り替えるだけでも大変なのに一つの国で二種類の通貨を使うことなど出来るものではない。
有権者の間にユーロからの離脱による資産価値の目減りを心配する声が強く、ル・ペン氏はそれを意識して主張を変えたと思われる。しかしその内容は余りにも場当たり的で質が低かった。この件で彼女が経済に詳しくない上に通貨という重要な問題を深く考えていないことが明らかになり、大きな失点になった。私はスコットランドの分離独立を問う住民投票で、当時のサモンド自治政府首相が独立後に使用する通貨について曖昧な説明に終始し、不評を買ったことを思い出した。
さて決選投票で大勝利を収めたマクロン氏だが、その前途は決して楽観出来ない。来月には早くも国民議会の選挙がある。議会に強い基盤を持たない彼は昨年立ち上げた政治組織「前進」を率いて既成の二大政党のほか極右の国民戦線や極左の左翼党などと再び戦わなければならない。「前進」が単独で過半数を確保するとは考えられず、結局いずれかの政党と連立を組むことになるだろう。その連立政権がうまく機能しなければ極右や極左から批判を浴び、窮地に陥る可能性も否定出来ない。
仕事を見つけられない若者やEUのきびしい規制に苦しむ地方の農民がグローバリズムと外国からの移民を憎み、極右の国民戦線や極左の左翼党を支持している状況に変わりはない。敗れたとはいえ、決選投票でル・ペン氏が三十四%の支持を集めた事実は現在のフランスに過激な国家主義的な思想を受け入れる人々が確かに存在することを示している。
イギリスはこれからドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領が主導するEUと離脱交渉を行なわなければならない。非常にきびしい交渉になるだろうが、メイ首相が国会で言明したように欧州大陸の各国はEU離脱後もイギリスの重要なパートナーである。私たちは決して敵対しているわけではない。自由貿易や法のもとでの平等という価値観を共有しつつ、共存共栄の道を模索していきたいものである。

 

在英二十余年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。
 

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