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2017年2月2日

◆◆◆◆ 《第439回》過重労働 ◆◆◆◆

 

ITの浸透により、世界中でインターネット通販の利用が新しい習慣になった。イギリスでも一年の中で最大のショッピング・シーズンのクリスマスに街の店舗ではなくインターネットで買い物をする人が増えた。本や服や靴や電気製品はいうに及ばず、今やスーパーマーケットの食料品までインターネットで注文すれば家まで配達される時代だ。
三十年ほど前にイギリスに移り住んだ私はこの国の配送システムが劇的に進化したことに驚きを禁じ得ない。その当時、日本ではすでに小口の荷物を迅速に運送する宅配サービスが普及していたが、それに比べてイギリスの運送はひどいものだった。量販店で家具や電気製品を買っても、予定通りに配達されず、何日も待たされることが珍しくなかった。
それがこの数年でずいぶん改善された。そうしなければ業者が生き残れない時代になったからだ。インターネット通販が広まると、消費者は価格だけでなく、運送の速さと確実性によって業者を選別するようになった。商品がいつ届けられるか分からないような業者は淘汰される。いきおい業者は運送の質の向上を目指し、しのぎを削るようになった。消費者の側から見ればこうした競争の激化は好ましいことだ。しかし「過ぎたるは及ばざるがごとし」いう格言がある。何事も度が過ぎると弊害が出る。
たとえばインターネット通販の代表業者のアマゾンである。昨年、BBCが行なった覆面取材によって同社の配達員の過酷な労働の実態が明るみに出た。一人の配達員が一日に受け持つ小包の数は約二百個という。その配達をこなすために、配達員は日常的に過重労働を強いられていた。イギリスの法律では一日あたり十一時間を越える運転業務は違法とされているが、アマゾンではそれを超えて働くことが常態化していたのである。労働時間から逆算すると配達員の給料はこの国の最低賃金である一時間当たり七ポンド二十ペンスを下回っていた。
また一日のうちに二百軒もの家に配達するとなると満足に休憩も取れない。尾籠な話で恐縮だが、トイレに行く時間がないので、トラックに備えつけの袋や瓶を使って用を足すこともあるという。常に急いでいるからスピード違反をすることも珍しくない。

 

 

こうした労働状況はBBCの覆面取材によって明らかになったのだが、私は以前からインターネット通販の配達員が過重な圧力を受けていることを心配していた。私もよく通販を利用するが、時々玄関のチャイムを鳴らさず、商品を戸口に置いて行く配達員がいる。あるいはチャイムを一度だけ鳴らし、こちらがドアを開ける前に商品を戸口に置いて行ってしまう配達員もいる。受取人が在宅かどうか確かめる気はないようだ。こういう配達の仕方は社内基準に反しているのだろうが、彼らは早く次の配達先に行こうと焦っている。そうしなければ割り当てられた配達をその日のうちに済ますことが出来ないのであろう。
日本の宅配サービスもこれに似た状況に陥っている。配達員がダンボール箱を留守宅の玄関先に置いて行き、雨で商品が台無しになったという話を聞いたことがある。昨年十二月には佐川急便の配達員が荷物と台車を路上に激しく叩きつける映像がインターネットで流され、問題になった。配達先の家の人が不在で荷物を渡すことが出来ず、苛立ちが爆発したようだ。
宅配会社の深刻な人手不足は前から指摘されている。人手が足りなければ一人当たりの仕事量は多くなる。心身ともにくたくたに疲れ果てるのは当然だ。むろん大切な荷物を道路に叩きつけるのは論外だが、それだけ配達員も追いつめられているのである。
インターネット通販の業者は生き残りを賭け、価格だけでなく配達のスピードを競う。そうした業者間の競合は歓迎すべきことだが、それが行き過ぎると末端の配達員に過剰な負担を強いることになる。弱い労働者の犠牲の上に成り立つビジネスモデルは健全とはいえず、いずれどこかで綻びが生じる。
最近の報道によれば、欧州の通販で売られている有名ブランドの洋服の多くはトルコの工場でシリアの難民が縫製したものだそうだ。その難民には多くの少年少女が含まれている。彼らは極端な低賃金で長時間労働を強いられている。安さや速さに惹かれ、インターネット通販を利用している私たちは知らないうちに国内外の経済格差の拡大に加担しているのかも知れない。通販は便利だと喜んでばかりもいられないのである。

在英二十余年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。

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