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徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

2016年6月3日

何ゆえ、「パブ」と呼ばれておりますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、お変わりございませんでしょうか? 本日もひとつご報告したいことがあり、筆をとりました。

英国では、「パブ」と呼ばれる居酒屋さんを本当によく見かけます。金曜日の夜などは、グラスを持った立ち飲み客がパブの外にあふれ、「何か事件でも起きたのかしら?」と勘違いしてしまうほどの人だかりができています。どんなに小さな田舎の村に行こうとも、パブと教会は必ずあるといわれるほど、パブは英国人の暮らしと深いつながりのある場所で、かつては(現在も、でしょうか)大切な社交場であったそうです。

それにしましても、一体なぜ「パブ」という名で呼ばれるようになったのでしょう。どのような意味が込められているのでしょうか? 気になりましたので、調べてみることにいたしました。

さまざまな資料に目を通しましたところ、パブの起源は「ブッシュ」と呼ばれていた居酒屋兼宿屋に始まるようです。かつてグレート・ブリテン島の大部分を支配した古代ローマ人は、町と町を結ぶ道路を建設しました。ローマ人の撤退後も、それらは英国の主要な街道として残り、やがて街道沿いには英国内を行き交う旅人のために、お酒が飲める宿屋が次々と建てられたそうです。各店は旅人にわかるように、目印として看板を出しました。看板といっても、わたくしたちが想像するものとは異なり、キズタの枝を束ねた箒(ほうき)のような形をしていたのだとか。キズタはローマ神話に登場する酒の神バッカスに捧げる木で、古代ローマ人はこれを居酒屋の目印として掲げていたようです。つまり、ローマの伝統に倣ったというわけですね。この目印(看板)はブッシュと言い、それゆえに居酒屋兼宿屋は通称ブッシュと呼ばれていたとのことでした。

ブッシュは14世紀頃を境に、あるものは旅人を泊める「イン(inn)」に、またあるものは誰でも気軽に立ち寄り、お酒が飲める「パブリック・ハウス(public house)」へと姿を変えていきました。このパブリック・ハウスが「パブ」の語源だそうです。

ブッシュの数が減っていくにしたがい、看板もキズタの枝ではなく木板に変わっていきました。木の看板には当然ながら店名が刻まれましたが、当時は文字が読めない人がほとんどであったため、文字に頼らずとも誰もが店名を覚えられるようにと、店名にちなんだ絵が大きく描かれました。看板だけを取り上げた本が出版されるほどに、パブの看板はとても興味深いものが多いのですが、このような背景があったのですね。

ちなみに、パブの看板といえば「○○○アームズ(Arms)」や「○○○ヘッド(Head)」と書いてあるものをしばしば目にしますが、これは「腕」や「頭」という意味ではないとのこと。アームズは「紋章」、ヘッドは「上半身」を示し、例えばクイーンズ・アームズは「女王の紋章」、キングス・ヘッドは「王の肖像」といった意味なのだとか。これからは、パブの看板も楽しみながら街歩きをしようと思います。

それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成28年5月30日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英1年8ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。
 

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