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徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

何ゆえ、ブラック・キャブの車内はかように広々としていますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、お変わりございませんでしょうか? 早速ですが、本日はまたひとつご報告したいことがあり、筆をとりました。

先日、わたくしが通う乗馬スクールの友人からホームパーティーに招かれ、ウィンブルドンにあるご自宅にお伺いすることになりました。最寄り駅からご自宅まで少々距離があったため、バスに乗る予定だったのですが、待てど暮らせどバスがやってまいりません。このままでは遅刻してしまうと思い、仕方なくタクシーに乗ることにいたしました。

ロンドンのタクシーは通称「ブラック・キャブ」と呼ばれ、ダブルデッカー(二階建てバス)とともにロンドン名物となっています。黒塗りでコロンとした古風な車体が特徴ですが、近ごろはバスと同様にさまざまな広告で飾られた新型タクシーも多く見かけるようになりました(伝統が失われるようで、わたくしは残念なのですけれど…)。

さて今回、ブラック・キャブに初乗車してまず驚きましたのは、天井が高く、車内がとても広いこと。向かい合わせに合計5人まで乗車できるようで、旅行用の大きなスーツケースやベビーカー、車椅子での乗車もできるのです! 日本のタクシーは普通の乗用車とあまり変わりはございませんが、なぜロンドンのタクシーはこのように広々とした造りになっているのでしょう? 好奇心が抑えられず、調べてみることにいたしました。

ロンドン交通博物館に問い合わせたところ、とても興味深いお話をうかがうことができました。ロンドンのタクシーの起源は、なんと350年以上前にさかのぼるそうです! 1662年に「ハックニー・キャリッジ」と呼ばれる辻馬車が誕生。これは4輪2頭立て、6人乗りの馬車で、あらかじめ決められた場所でお客を待ち、目的地まで運ぶシステムだったようです。ちなみに、「ハックニー」(hackney)とはロンドンの地名ではなく、ラテン語の「equus」(馬)を語源とするフランス語「haquenée」に由来するものだとか。

やがて19世紀に入ると、2輪1頭立ての軽量馬車「ハンサム・キャブ」も登場。大型馬車で道が混雑していても、その脇をすり抜けて速く目的地に到着でき、また運賃が安価であったことから人気を博したそうです。つけ加えますと、「ハンサム」は発明者の名前、「キャブ」(cab)はフランス語の「cabriolet」(軽量2輪馬車)にちなんでいます。

自動車によるタクシー営業が始まったのは、1901年のこと。当時はハックニー・キャリッジなどもまだ走っていたため、自動車もハックニー・キャリッジと呼ばれていたようです。馬車と変わらないサービスを提供しようと、客席は向かい合わせの6人乗り仕様で製造。さらに、女性がドレスを身にまとっていても乗車できるよう、また男性が山高帽を車内でかぶったままでいられるように、車内空間を広く天井も高いデザインにしたとか。

1947年、ついに辻馬車の運行が終了。自動車はすべて黒塗りであったことから、あらためて「ブラック・キャブ」という通称で浸透したのだとおっしゃっていました。車内が広々としていたのは、馬車の名残りだったのですね。

それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成28年11月20日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の26歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英2年2ヵ月。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。
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