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【台湾編 39皿目】牛肉飯と焼飯(下)

 
石田ゆうすけ
旅行作家。
7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

 

台湾最南端の手前で《カニ横断注意》の標識を見たとき、台湾らしいなと思った。これまで何度も親子の情のような優しさを受けてきたのだ。カニをケアする道路標識なんてこの国以外では見たことがない。

そのあと山で夜になって、ライトの電池も切れかかり、真っ暗闇の中を恐怖に震えながら走っていたら、1台のバンが僕のうしろで徐行し、車のライトで前方を照らしてくれた。バンは長いあいだ徐行を続けたあと、山道が終わって集落が見えところで、僕を追い抜いて前方で止まった。中からおじさんが出てきた。彼は僕を日本人だと認めると、片言の日本語で猛烈にしゃべり始めた。誘われるまま彼の食堂に寄り、中華まんをごちそうになった。おじさんは片言の日本語で話し続けた。ただ、聞き取りは苦手なのか、僕の話す日本語はほとんど理解できないようだ。

おじさんはもどかしそうな顔で、「チョットマッテ」と言って携帯を取り出し、どこかに電話して何かしゃべった。そのあと携帯を僕に渡してきた。わけがわからないまま耳にあてると、「ハロー」と流暢な英語が聞こえる。若い女性の声だ。声の主はそのまま英語で続けた。

「あなた、私のお父さんと会ったのね。私は彼の娘よ。大学が台南市にあるので、今は離れて住んでるけど」

僕は彼女にいきさつを話した。

「あはは、お父さんはね、外国の人を見ると、英語も話せないくせにすぐに助けるの。そのあといつも私に電話してくるのよ」

ぼくは感謝を伝え、あなたのお父さんはグレイトだと告げた。すると娘さんは笑いながら言うのである。

「ええ、そうなの。私のお父さんはグレイトなの」

携帯を返すと、おじさんはその携帯で娘さんと何か話をしながら、盛んに大きな笑い声を上げた。

 

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台湾ビールと炒飯

 

別れぎわ、おじさんは僕の手をがっちり握った。それから走り出すと、彼は「加油(がんばれ)!」と叫び、手を大きく振った。

集落のまばらな明かりはすぐに流れ去り、再び暗闇に包まれた。カエルの声が一斉に聞こえだした。

大武に着いたのは22時前だった。道路沿いに古ぼけた宿が現れたので、その前で自転車をとめる。こんな遅い時間で嫌な顔されないだろうかと気おくれしつつ、ドアを開けると、少女のように小柄なおばさんが出てきた。彼女は僕と自転車を見ると、突然、垂れ目がちの目尻をいっそう下げて泣きそうな顔になり、さあ入って、と中に招いた。僕は言葉を失った。おばさんの表情や、今にも僕を抱きしめそうなその態度は「心配していたのよ、今までどこにいたの」と言わんばかりだったのだ。

記帳を終え、宿泊代600元を払うと、おばさんは100元札を1枚返してきた。意味がわからず顔を上げると、おばさんは「いいからいいから」といった顔で笑い、それからオレンジをふたつ、僕に持たせた。

部屋に荷物を置くと、すぐに外に出ていき、まだ明かりの灯っている食堂に行った。もう終わりだと言われたが、炒飯だけ、と合掌しながら言うと、笑って中に入れてくれた。炒飯を待つあいだ、ビールも頼んだ。ひと口飲んだとき、はあ、と全身の力が抜けるようなため息が出た。

部屋に帰ってから宿のおばさんにもらったオレンジをいただいた。少し酸っぱかったが、ただただ有り難かった。それからベッドに横になると激しいスコールが降り始めた。部屋の中の闇を見つめながら、しばらくその音を聞いていた。体中が雨に包まれていくような気分だった。

トロカツ
 
 

2017年 03月 23日

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