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No.992 7月13日発行号

週刊ジャーニーをオンラインで読む 【特集】ごくウマ3選「トマト」のレシピ
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【台湾編 55皿目】
先住民の酒と

ビンロウの味 その5

 
石田ゆうすけ
旅行作家。
7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

 

肩の靭帯断裂。それが診断結果だった。ぎりぎり手術せずに済んだが、装具による長期の固定が必要となり、旅は続けられそうになかった。

診察が終わったのは深夜0時前で、頼さんは自分の受け持ちの時刻をとうに過ぎていたにもかかわらず、最後まで僕に付き合い、先生や看護師とのあいだに立って通訳し、僕を励まし続けてくれた。

「宿まで送ります。この中で待っててくれますか」

頼さんが僕をスタッフルームに招いた。入ると同時に、壁の写真に目が吸い寄せられた。剃髪で、端正な顔立ちの女性が写っている。

「若いころの證厳上人です」と頼さんが言った。

その目に僕は吸い込まれた。強さ、優しさ、すべてをあわせ持ったような澄みきった瞳だった。この女性が何万人もの人々を“人の救済”へと駆り立てたのだ。僕は再び体に熱を覚えながら、頼さんに向き直り、頭を下げた。

「本当にありがとうございました」

それ以外になんと言えばいいんだろう? すると頼さんはにっこり笑って、こう言ったのだ。

「私は人に何かをするために、ここにいます。石田さんはその機会を私に与えてくれたのです。こちらこそありがとうございました」

突然、堰を切ったように激情が押し寄せ、言葉にならなかった。僕は打ちひしがれた思いで頼さんの笑顔を見た。そのときふと、こんなことを思ったのだ。

彼は記者だった時代、激動する世界情勢の先頭に立って何を見、何を感じてきたのだろう。何が彼を今の道へと突き動かしたのだろう……。

 

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慈済基金会創設者の證厳上人

 

僕の台湾旅行は、このように思いもかけない形で一旦幕を閉じることになった。負傷のせいで、自転車を日本に持ち帰ることもできなかったため、片桐さんの好意に甘え、宿で預かってもらうことにした。ケガを治してから取りにこようと思う。

いずれにしても旅を終えるつもりはなかった。台湾一周の残りを走らなきゃ、という気持ちもあったが、それよりも純粋に、もう一度この国をじっくり旅したかった。彼らのことが心に残っていた。暗い山道を走れば、背後から車のヘッドライトで延々と照らしてくれたり、雨宿りを始めたらスッとやってきて雨具をくれたりする、彼ら。

「宿代まけとくよ」

「これ食べな」

「バイクのうしろに乗りなよ。そこまで連れていってあげる」

そう言って笑顔で僕を迎えてくれる、彼ら。

また、人の救済に一生を捧げる人たち、そしてその信念に共鳴し、ボランティア活動に身を投じる何万人もの人たち……。そんな彼らが、強国に翻弄され続け、国際社会から孤立しているこの国に、いるのだ。そこに僕はもっと近づきたかった。

病院で診察を受けた翌朝、頼さんが宿まで訪ねてきた。

「調子はどうですか? 痛みはありませんか?」

痛みは引きました、と答えると、よかった、とやはりこぼれるような笑みを見せた。そして「これ、漢方です」と、いい匂いの湿布をたくさんくれた。病院の使いではなかった。頼さんが自分で買ってきたのだ。

別れぎわ、僕は重ねて礼を述べた。頼さんは僕の腕をポンポンと静かに二度叩いて微笑み、そしてオンボロの自転車に乗って、ギコギコと音を鳴らしながら遠ざかっていった。

トロカツ
 
 

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無敵艦隊、壊滅への道

超大国スペインと弱小国イングランドの
『激突までの道のり(前編)』 『激突の瞬間(後編)』

写真で旅するロンドン @journey.london


2017年 07月 20日

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