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【台湾編 47皿目】陽春麺 

 
石田ゆうすけ
旅行作家。
7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

 

海沿いの道を走っている。暗い雲が空を覆っていた。ときどき雲間から黒い山が現れる。予想よりもずっと高いところにその山はあり、ドキッとした。海のすぐそばから険しい山が隆起しているのだ。西側の茫洋とした風情とは対照的だった。

おや? 何かが見えてきた。白い塔だ。エッ? と意外な思いがした。《北回帰線》と書かれている。そうか。台湾を通っていたんだ。ということはこれまで俺は熱帯にいたんだ。台湾はそんなに南に位置していたのか――。天気が崩れると寒いぐらいなので、熱帯だとは思えなかった。

道沿いの食堂に入り、陽春麺を頼んだ。日本円で180円と安い。

陽春麺というのは早い話が素ラーメンのことだと何かで読んだが、出てきたものにはニラとひき肉が少しのっていた。かけうどんにネギが入るようなものか。麺は平打ち、スープは豚骨であっさりしている。悪くはないが……うーん、と首をかしげた。台湾の不思議である。料理全般はすごいレベルなのに、麺だけは落ちる。コシがないし、小麦粉の香りも薄い。なぜ味にうるさい人が多い台湾で、この麺がまかり通っているのかがちょっと謎だった。

そこを出て走行を再開する。しばらく行くと、展望台のようなパーキングがあった。

おや? 自転車がとまっている。荷物満載だ。仲間だ!

 

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独特のユーモアで僕を笑わせまくったシンガポール人のトーマス

 

僕は勢いづいた。自転車旅行者は己の足で苦労して旅しているという共通項から同朋意識が高いのだ。しかも台湾に来て初めて会う自転車旅行者である。僕は足に力をこめ、近づいていった。若い男だ。学生か。日本人に見えたので、「こんにちは」と声をかけた。すると彼は顔を上げ、ニヤリと笑って「チガイマス」と片言の日本語で答えた。笑うと柿の種のような目になって、輝くような愛嬌が顔に浮かび、「ユニークなヤツ」のオーラがにじみ出る。英語で聞くと、彼はシンガポール人で、トーマスという名前だった。台湾の前は日本を走っていたという。そこでいつも日本人に間違われたそうだ。トーマスはニヤニヤしながらおっとりした口調で言った。

「日本はいいですね。見どころが多いし、おもしろい人が多いです。夕方、お城の横にテントを張っている60歳のおじさんがいました。一方的に日本語で話しかけられて、お前もここにテントを張れって言われて。でも城にテントを張ったらダメでしょ。トラブルは避けたかったので、城内のトイレに寝ました」

それもトラブルのもとだろ! と突っ込んだら、「日本のトイレはきれいだから大丈夫です」などと言う。僕は終始笑い転げ、彼もそれに気をよくした様子でおもしろいことを言い続けた。

ただ、これも自転車旅行者の多くに共通することだが、エネルギーのいる旅だけに、各自それ相応の強い負の動機があるように思えてならないのだ。彼はなんと2年も家に帰っていないらしい。「家は牢獄でした」と言った。

しばらくしゃべったあと、方向が逆だったので、互いの安全を祈って握手で別れた。

走りながら、遠い昔、僕を自転車旅行に駆り立てたものを思った。

ガキの頃から鬱屈したものを抱えていた。そうして和歌山県一周をやり、日本一周や世界一周をやった。今の自分を思うと、ガキの頃と比べてずいぶん晴れ晴れとしている。

顔を上げると、海と巨大な山塊が目の前に広がっていた。台湾の景色は、想像を180度ひっくり返して、はるかに大きかったのだ。

トロカツ
 
 

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