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2009年10月29日 No.598 & 2016年6月30日 No.939

●Great Britons●取材・執筆/根本 玲子・本誌編集部

造園の魔術師 ケイパビリティ・ブラウン

造園の魔術師
ケイパビリティ・ブラウン

英国の町並みを語る上で欠かせない、歴史ある建造物や庭園の数々。
古き善き時代の面影と大英帝国の威光を感じさせる邸宅や城が放つ魅力は、手入れの行き届いた壮麗な庭園によりさらに輝きを増す。こうした庭園は、各時代を代表する造園家たちによって造られ、建築や絵画と等しく英国の文化史を彩ってきた。今回は数多い造園家の中でもその名を広く知られ、英国の風景を一変させたといわれる人物で、生誕300年を迎えたケイパビリティ・ブラウンの生涯とその仕事ぶりを紹介しよう。

生誕300年イベント開催中
ケイパビリティ・ブラウンの生誕300年となる今年、ブラウンが手がけた英国に点在する各庭園では、ガイド付き散策ツアーやトークなど、記念イベントが予定されている。詳しくは「Capability Brown Festival 2016」のウェブサイト(www.capabilitybrown.org)にて。
Prior Park Landscape Garden, Somerset

有能な「セールスマン」だった?

 「家」と「庭」好きで知られる英国人。一般人がプロの手を借りマイホームや庭を一新する、テレビの「お宅改装」番組や、持ち家の価値を上げるノウハウを伝授する番組は英国の娯楽番組の一ジャンルとしてすっかり定着している。
 これらの番組でよく耳にする言葉が「It's got potential.(可能性・将来性がある)」。改装後の家は見違えるほど素晴らしくなる、という意味で使われているお馴染みのフレーズだ。古い家に手を加えて大切に住みこなし、後世へと引き継いでいくという、不動産好きの英国らしい精神の表われといえるだろう。
 興味深いことに、二百五十年近くも前に同様のフレーズを使っていた人物がいる。十八世紀半ばにブレナム宮殿やチャツワース(十二ページ、十四ページの各コラム参照)といった英国きっての屋敷の庭園を設計した造園家、ランスロット・『ケイパビリティ』・ブラウン(Lancelot "Capability" Brown)である。日本ではあまり馴染みがないものの、英国では数多くの名庭園を手がけたことで広く知られる人物。生涯に手がけた庭園の数は百七十を超えるというから驚きだ。
 彼の手がけた主要な庭園については後出のリスト(十四ページ)を参照していただくことにして、まずは本名の「ランスロット」よりも知られているニックネーム「ケイパビリティ(capability)」の由来から話を始めよう。この単語には「能力、才能」のほかにも「可能性、将来性」といった意味もあることはご存知だろう。造園の依頼を受けたブラウンは、貴族や地主階級の紳士が地方に所有するカントリー・ハウス、マナーハウスを訪れ、どんな庭でも開口一番、さらに素晴らしい庭にできる「ケイパビリティ(可能性、将来性)がある」と言うのが口癖で、ここからニックネームがつけられたとのことだ。
 「貴公の庭園は今よりもっと素晴らしくなりますよ」
 所領する庭園を流行のスタイルにできないものかと思案中の王侯貴族たちにとって、これは魅力的な言葉だったに違いない。これで『ツカミ』はOK。造園家としての腕もさることながら、ブラウンの営業センスはなかなかのものだったようだ。

菜園係から大プロジェクトの現場監督へ

 ブラウンは一七一六年、イングランド最北部、スコットランドとの境界に近いイングランド北東部ノーサンバランド、カークハールに生まれる。
 英国史に名を残す人物でありながらも、彼の生い立ちについてはあまり多くの記録が残っておらず、母親の出自については知られていないという有様。子供は六人おり、ブラウンは五番目だったという。父親のウィリアム・ブラウンは農業労働者であったという記録が残っているが、ブラウンがまだ幼かった頃に死去している。しかし家計を支えるため十二、十三歳で働きに出される子供が多かった時代に、一家の大黒柱である父親を失いながらも十六歳まで学校教育を受けていることから、ブラウン一家は経済的にほどほどに恵まれた環境にあったことが推察できるだろう。
 学業を終えたブラウンは、地元の大地主であるウィリアム・ロレイン卿の屋敷に、屋敷の食料をまかなう菜園スタッフとして雇われ、見習いを務めながら園芸の基礎を学んでいく。
 この頃すでに老年を迎え、政治の表舞台から引退していたロレイン卿は、先代から引き継いだ屋敷を当世風に改装するなど、その興味と情熱を「内」に注ぐようになり、さまざまな工事を計画。美観のため領地内の村を別の場所に丸ごと移動させたり、時代遅れになった花壇を取り壊したり、樹木数千本を新たに植え直すといった数年がかりの巨大プロジェクトに取りかかっていた。
 ここに菜園係の若きブラウンが現場監督として投入されることになったのは驚くべきことである。初めての働き口で、しかも学校を出たばかりの若者に与えられる仕事にしてはあまりに大き過ぎるというほかない。しかし邸宅の敷地内にある広大な沼地を一新する工事を指揮することになった彼は、ここで見事な手腕を発揮する。
 水はけの悪かった土地に勾配をつけ直し、ブナやオークなどの樹木を植え、風格を備えた素晴らしい景観を生み出したのだ。植物の知識についてはまだ学び始めたばかりだったとはいえ、ブラウンには生まれながらにして造園家に必要とされる美的センスや、三次元かつ広大なスケールの構想を頭に描き、そのアイディアを作業員や業者たちに的確に伝え、プロジェクトを進めていくという事業家的資質が備わっていたようだ。
 工事の指揮を任されるようになったいきさつについては残念ながら知られていないが、彼が一介の庭師以上の器を持っていることが、すでに周りの知る所となっていたのであろう。またロレイン卿は自分の使用人であるブラウンを、知人の庭園に出張させて造園にあたらせている。これだけをとっても彼の才能が傑出していたことが十分うかがえる。

Blenheim Palace, Oxfordshire Stowe Landscape Garden,
Buckinghamshire Stowe Landscape Garden,
Buckinghamshire
 

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