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どちらがお好み?
きっちり人工美のイタリア&フランス式
VS
ゆったり自然派のイギリス式
どちらがお好み?きっちり人工美のイタリア&フランス式VSゆったり自然派のイギリス式
 ヨーロッパの庭園史は、その起源を古代ローマ時代にまでさかのぼる。だが現在のような庭園の原型が広まったのは中世の戦乱時代が一段落したあたり。軍事上の理由から城を強固な壁で囲む必要がなくなり、美観を追求した庭園文化が一気に花咲くことになった頃からだ。 また食料や薬品など実用が目的とされていた園芸が、純粋な装飾を目的とするようになっていった時代でもある。
 ルネサンス全盛期の16世紀はイスラム文化の影響を受けたイタリア式庭園が主流となった。丘陵部斜面にテラス状の区画を設け、軸線を中心にした左右対称のデザインや立体感を強調した作りが特徴だ。ツゲなどの植物で結び目模様を描き、その間に草花を植えるノット・ガーデン(knot garden)、樹木を刈り上げるトピアリー(topiary)など装飾的なスタイルが好まれた。また15世紀中頃~17世紀中頃まで続いた大航海時代には「プラント・ハンター」と呼ばれる人々が世界各地で手に入れた珍しい植物を持ち帰り、裕福な王侯貴族や大商人たちがこれらを競って手に入れ、コレクションに加えたという。
 そして17世紀。絶対王政の栄華を誇ったベルサイユ宮殿=写真2点とも=に代表されるフランス式庭園は、平らで広大な土地に幾何学的なデザインを描くように植物を配置し、方々に彫刻が置かれ花が咲き誇るといった華やかな「人工美」がポイント。自然を征服・支配する人間の力を誇示するかのようなスタイルには権力者の力を示すという意味合いもあり、このスタイルはヨーロッパ各国で流行した。
 ところが18世紀に入ると今度は一気に自然派志向へ。こうした動きは、英国貴族の間で古代ローマやルネサンスの遺産に触れる「イタリア文化遊学」が流行し、豊かな景観や絵画に感銘を受けた人々が自国でもその美しさを再現したいと望むようになったことが背景となっている。
 この自然賛美の思想から誕生したのが「風景式庭園(landscape garden)」だ。塀など視覚の障害になるものを取り払い、遠くまで見渡すことのできる緑の広がりと、周りの自然と調和した緩やかな曲線を用いたスタイルは、それまでの整然と作り込んだ庭園とは対照的。同時期、これまでの主流であった人工美を批判し、不規則性を愛でる「ピクチャレスク」という新しい美の概念も誕生したことで、風景式庭園熱はさらに高まっていく。産業革命が始まりつつあった当時の英国で、ロンドンに生活の拠点を持つようになった貴族が地方に所有する屋敷を「自然回帰の場」としてとらえるようになったことも、風景式庭園が流行した要因の1つだ。
 また、一般に「イングリッシュ・ガーデン」と称されるスタイルは、19世紀以降に急増した中流階級の人々の所有する田舎家風の「コテージ・ガーデン」を指すこともあり広義に解釈されることが多いが、これらの様式ももとをたどればウィリアム・ケントやケイパビリティ・ブラウンら「風景式」造園家の作り出した庭園が原型になっている。国や時代によってそのスタイルは様々だが、どの庭園もそれらが造られた時代の社会的背景を反映しているのが興味深い。

 

庭園探訪③ ハイクレア城
ハイクレア城

 17世紀からカナーヴォン一家が所有し、現在は第8代伯爵夫妻が暮らす邸宅。ドラマ『ダウントン・アビー』のロケ地として注目を集めたことは記憶に新しい。ブラウンがハイクレア・パークに着手したのは1770年。壁や生垣など、敷地内にあった境界線を取り除き、耕地だった場所は芝地へ、綿密な計算のもとヒマラヤスギやナラの木を植樹して森林や湖を造り上げると、一帯がブラウンの『色』に染まった。パーク内を歩いてみると、なだらかな丘や、木々の配置によって、時にドラマチックに変化する景色を楽しむことができる。毎年期間限定で一般公開されるので、あらかじめウェブサイトなどで確認してお出かけを。

Highclere Castle
Highclere Park, Newbury RG20 9RN
www.highclerecastle.co.uk

 

2017年 03月 23日

2017年 03月 17日

2017年 03月 22日

2017年 03月 01日