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2012年12月20日

取材・執筆/名取 由恵、本誌編集部

ゼウスと呼ばれた男の館
レイトンハウス博物館を征く


本稿で掲載した写真や絵画は、特に記載のない限り、Royal Borough of Kensington and Chelsea提供。
上の写真はアラブ・ホールと呼ばれる部分のもの。

 

しゃれたショップやカフェ、レストランが並ぶ
ロンドン西部のケンジントン・ハイ・ストリート。
メインストリートからひとつ入ると、そこは瀟洒な家が並ぶ高級住宅街だ。
その静かな一角に建つ邸宅に1枚のブループラークがかかっている。
「フレデリック・レイトン」
今回は、英美術界で唯一貴族の称号「ロードLord」を与えられた、
このレイトン卿の人生を振り返るとともに、
博物館として公開されている壮麗な建物の内部をご紹介しよう。

 

ヴィクトリア女王をうならせた早熟の天才

 フレデリック・レイトンの名前は聞いたことがなくとも、『フレイミング・ジューン(燃え立つ6月)』と名づけられた絵画は見たことがあるという人は多いのではないだろうか。
地中海沿岸諸国で育つ、芳しい香りのオレンジを思わせる鮮やかな色のドレスをまとった女性がソファで無防備に眠る姿。気品ある寝顔と、若き乙女のみから放たれ得るみずみずしい美しさ。ドレスのやわらかな手触りまで感じられ、じっと見続けると彼女の寝息が聞えてきそうだ。

 



レイトンが亡くなる前年(1895年)に発表した『燃え立つ6月Flaming June』。
モデルは、ドロシー・ディーン(コラム参照)。

 

この絵を描いたのが、フレデリック・レイトン
( Frederic Leighton 1830年12月3日 ~1896年1月25日)=写真下=だ。ヴィクトリア朝時代の英国を代表する画家・彫刻家である。冒頭で登場したのはレイトンの私邸だった建物で、現在はレイトンハウス博物館として一般公開されている。この博物館については後述するとして、まずはレイトンについてご紹介することにしたい。

 

 

 英美術界の頂点に君臨したレイトンの生涯は、最初から最後まで華やかなものだった。
レイトンの正式名は、初代ストレットン男爵フレデリック・レイトン、PRA(プレジデント・オブ・ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ)という。
レイトンは1830年、クリスマスを間近に控えた12月3日、英北部ヨークシャーのスカボローで、父フレデリック・セプティムス・レイトンと母オーガスタス・スーザンの間に誕生。父親と祖父はともに医師であり、祖父はロシアのサンクト・ペテルブルクでロシア皇帝一家の主治医をつとめるなど、ロシア宮廷と深い関係があったという。
裕福な家に生まれたレイトンは、成長していくうえで恵まれた教育環境を与えられたことは言うまでもない。一家は、レイトンが12歳になった頃、フランス、イタリア、ドイツなど欧州各国をめぐる長期の旅に出立、数年ごとに各地に滞在した。
もともと頭脳明晰だったレイトンだけに、言語習得も速く、またたくまに語学堪能になり数ヵ国語を話すことができるようになったという。そのかたわら、早くから美術の才能が開花し、滞在先の美術学校で絵画を学んでいる。
当初、父親はレイトンに医者になって欲しいと望んでいた。レイトンに美術の才能があるらしきことを認識していたとしても、それで食べていける保証はどこにもない。しかし、頑固者ではなかったようで、レイトンが画家を目指していることを知るとそれを応援するようになったといわれる。レイトン家が経済的に安定していたことも、夢を追うレイトンの追い風となった。
やがて、本格的な美術の勉強が始まる。1842年から43年まではベルリン、1845年から46年はフィレンツェ、1846年からはフランクフルトの美術学校に在籍。1852年にローマに移り、オペラ歌手のアデレード・サルトリなど、各界の文化人との親交を深める。レイトンは、ただの美術学生ではのぞくことのできない世界に、既に足を踏み入れていたと言える。
1855年、レイトンは最初の傑作である『フィレンツェの通りを行列によって運ばれるチマーブエの聖母』=写真上=を描きあげ、ロイヤル・アカデミーに出品。これを気に入ったヴィクトリア女王が作品を購入することになり、レイトンの名前はたちまち英美術界に知れ渡ることになる。
このとき、レイトンは弱冠25歳。彼は運にも恵まれたのだ。

 



『Cimabue's Celebrated Madonna is carried in Procession through the Streets of Florence』
(1855年発表)。レイトンを一躍有名にした作品。

 

王立芸術院ってなに?


© Mike Peel
王立芸術院は、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ(Royal Academy of Arts)と呼ばれ、ロンドン中心部ピカデリーにある元貴族の邸、バーリントンハウス=写真=を拠点としている。1768年、ジョージ3世の治世時に、エキシビションや教育を通して英国の芸術を促進することを目的に創立された。

メンバーは英国を代表する芸術家、建築家40人を中心に構成され、初代会長はジョシュア・レイノルズ卿。

当初はセント・ジェームズ宮殿にほど近いパルマルにあったが、創立から100年を経た1868年に現在の場所に移転した。

王立といっても、英王室や英政府からの財政援助は受けておらず、運営資金はエキシビションでの売上金やメンバーの会員費、寄付などで賄われるという独立した団体。

王立芸術院の美術館では、個人所有のコレクションを一定期間、アカデミーが借り受けて展示。毎回異なるテーマのエキシビションが楽しめるのはこのため。

1769年以来、毎年開催されている世界最大級の自由公募による現代美術展「ロイヤル・アカデミー・サマー・エキシビション」が有名。

美術学校では3年間の大学院課程を提供し、プロのアーティストを育成している。英美術界で長い歴史を誇り、独自の位置を築き上げながらも、常にアート・シーンの最前線で存在感を示すのが王立芸術院なのだ。

Royal Academy of Arts
Burlington House, Piccadilly, London W1J 0BD
Tel: 020 7300 8000
10:00-18:00(金曜は20:00まで)
www.royalacademy.org.uk

 

 

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