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2013年1月24日 No.763

 

取材・執筆・写真/本誌編集部

数奇な運命を生き抜いた
カティ・サーク号を征く

ロンドン五輪を間近に控えた2012年4月。
世界遺産にも認定されている海事都市グリニッジの
ランドマーク的存在、カティ・サーク号が
6年にわたる修復工事を経て、
ようやく一般公開を再開した。
今号では19世紀に紅茶輸送船として誕生した
美しき帆船の波乱に満ちた歴史をひもといてみよう。

世界を駆け巡った悲報

 

 2007年5月21日未明、ロンドンの観光名所として人気の高いグリニッジは時ならぬ喧騒と、煙と異臭に包まれていた。同地のシンボル的存在のひとつといえる、カティ・サーク号が炎上したのである。同日の早朝に出火、鎮火まで2時間ほどの出来事だったとはいえ、炎は甲板と工事用足場を燃やし尽くした。このニュースが、朝から英国中のニュース番組を占拠したことはまだ記憶に新しい。放火の噂も立ったものの、様々な捜査の結果、現場に放置されていた業務用掃除機の電源が出火原因であることが判明している。
この後、世界中から船の安否を気遣う声が寄せられたが、幸運にも火災発生時は修復作業中のため船体の部材や調度品は取り外されており、実際に被害を受けたのは5%に満たなかったという。昨年4月に修復を終えたカティ・サーク号の雄姿を我々が再び目にすることができたのは、非常に幸運なことであったといえるだろう
「幸運」―。  順に述べていくが、カティ・サーク号は、実に数多くのトラブルや不幸に見舞われた。それにもかかわらず、そのたびに「しかし、幸運にも…」という事後談がつき、挽回や復活を果たし、今に至っている。

 この一見不運そうで、実はこれほど強運な船は数少ないと思わせる、カティ・サーク号は、極東の中国から英国へと紅茶を運搬する高速帆船「ティー・クリッパー」として誕生した。ところが、進水式の5日前にはスエズ運河が開通(1869年11月17日)し、時代は帆船から蒸気船へと移り変わろうとしていた。カティ・サーク号が産声をあげた時、船舶史は、帆船時代の最終章に既に入っていたのである。
ティー・クリッパーとしての現役時代は8年あまりと短かく、その後は流転の日々を経ることになる。だが、振り返ってみると唯一現存するティー・クリッパーは、このカティ・サーク号だけなのだ。どうしてこの船が現在まで生き残ることができたのか。
その数奇な運命をたどってみることにしたいが、まずはティー・クリッパー全盛時代とこの美しき帆船の誕生前夜にまでさかのぼってみよう。

 

 

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