logo
 
2014年2月20日

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/佐々木 敦子、本誌編集部

 

奇才建築家の愛憎がつまった
ジョン・ソーン博物館を征く

 

大英博物館さえ購入を見送った
古代エジプト王の石棺を買い込んで自宅の地下室に設置し、
居間の壁は、火山噴火で地中に埋もれた古代都市ポンペイに
オマージュを捧げて赤く塗りあげた建築家がいた。
18世紀に活躍したジョン・ソーン卿だ。
ホルボーンにある彼のこぢんまりとした自宅には
4万5000個のオブジェと3万枚のドローイングがひしめきあう。
今回は、今も変わらず多くの人々を驚かせ、魅了する、
ジョン・ソーン卿の博物館を征くことにしたい。

本稿中の掲載写真について、明記されていないものはすべて「ジョン・ソーン博物館」にご提供いただきました。
この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
Special Thanks to: Sir John Soane's Museum
All images, unless stated, are supplied courtesy of the Trustees of Sir John Soane's Museum
【参考文献】『The Soanes at Home - Domestic Life at Lincoln's Inn Fields』by Susan Palmer
『Sir John Soane's Museum - a Short Guide』 by Sir John Soane's Museum


(写真左)1830年当時のリンカーンズ・イン・フィールズ 12-14番地。(写真右)現在の様子。

■「イングリッシュ・エキセントリシティ(English eccentricity)」という言葉があるのをご存知だろうか。「ブリティッシュ・ウェザー」と同様に、多くの場合は自国民によって自嘲的に、愛情を持って使われる表現で、訳せば「イングランド人ならではのちょっと変な行動」ということだろうか。これは元をたどると、18世紀後半から19世紀中半までのあらゆる階級のユニークな人々を紹介した、『English Eccentrics and Eccentricities』(イングランドの奇人と奇行の数々)という、1855年出版の2巻からなる奇人伝の題名から派生している。
現在は博物館として公開されている、ジョン・ソーン卿(Sir John Soane 1753~1837)の自宅でふいに浮かんだのがこの2つの単語だった。常軌を数歩踏み外しているように思えるソーン卿のコレクションには人を圧倒する迫力があり、その数の多さと種類の豊富さについて形容するにあたって、その言葉を思わず使いたくなったのだが、果たして、前述の著書にはソーン卿の名前も登場していた。
今号では、いわばすでにユニークな人物としてのお墨付きをもらっているともいえるジョン・ソーン卿と、彼が情熱を持って作り上げた博物館を紹介していこう。

 ビジネスマンや学生たちが足早に行き来するホルボーン駅。そこからからほんの数分、一歩裏道に入ると意外なほど広々とした緑の公園が広がる。ジョン・ソーン卿の博物館はこの公園に面して並ぶテラスハウスの一角にあり、その小さな入口は、博物館前に並ぶ見学者の列がなければ気づかずに通り過ぎてしまいそうだ。
博物館の玄関を入ると、すぐ右手にあるのがダイニング・ルーム兼図書室である。「ポンペイ・レッド」と呼ばれる赤い壁に少々驚かされるものの、公園に面したこの部屋は明るく、単なる展示室というより、今でも実際に居間として使われているかのような、住人の気配を感じさせ、不思議な居心地の良さがある。四方は本で埋まり、暖炉の上にはトーマス・ローレンスの手によるジョン・ソーン卿の肖像画がかかる。そこに描かれた穏やかな表情からは、奇人の気配も、2人の息子たちと折り合いが悪かったという頑固な父親としての苦悩も葛藤も感じられない。
一体ソーン卿とはどのような人物だったのか。
博物館内部の紹介に入る前に、簡単にその生い立ちを追ってみることにしたい。彼は自宅を「studies for my mind」と呼んでいたとされており、ソーン卿その人と同博物館は切り離すことのできない関係にあるのだ。


1827年当時のジョン・ソーン邸『断面図』。

 

2017年 03月 23日

2017年 03月 17日

2017年 03月 22日

2017年 03月 01日