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2013年8月1日 No.790

●サバイバー●取材・執筆/黒澤里吏・本誌編集部

 

赤十字の父

アンリ・デュナンの栄光と転落


世界各国に基盤をもつ赤十字の生みの親であり、
第1回ノーベル平和賞受賞という栄誉を授かる一方で、
貧困に喘ぐ後半生を送ったアンリ・デュナン(1828~1910年)。
1863年の記念すべき「国際赤十字発足の日」から
150年を迎えた今、いばらの道を歩きながらも
強固な意志で人道活動に生涯を捧げたデュナンの、
紆余曲折を経た人生を辿る。

 

【参考文献】
Henry Dunant『A Memory of Solferino』/吹浦忠正『赤十字とアンリ・デュナン』(中公新書)/ エーテル・コッハー、
ハンス・アマン『赤十字の父アンリー・デュナン』(春風社)/日本赤十字社、ICRC、IFRCホームページ ほか
 

 

 

 

 1896年10月10日、東京朝日新聞に「赤十字の創立者の窮境」と題された記事が掲載され、世間の耳目を集めた。それは、日本でもその名が知られるようになっていた赤十字が着々とその活動を世界に広めていたのとは反対に、その創立者が今や忘れられた人となり、スイスの小さな町の福祉病院で、何とも憐れむべき姿を呈している旨を伝えていた。
この報道の基となったのは、約1年前にスイス人記者ゲオルグ・バウンベルガーがその人物、アンリ・デュナンを同病院で『発見』し、スイスとドイツの新聞に投稿した記事である。長らく表舞台から姿を消していたデュナンの近況を知らせるニュースは、驚きをもって世界に報じられたのだった。
スイス・ジュネーブの富裕な家に生まれ、福祉活動に熱心な両親のもと、幼い頃より人道精神を身につけたデュナンは、いかなる時も己の信じた道を突き進み、燃えるような熱意をもって、目標としていた「国際的な救護団体の創設」という偉業を果たした。赤十字は、今日においてその名を知らない人はいないといっても過言ではないほどの人道的支援団体となっている。にもかかわらず、なぜ彼は忘却の彼方に追いやられるような、哀れな半生を送ることになってしまったのだろうか――。

 

 

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