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2014年5月1日 No.828

●サバイバー●取材・執筆/佐々木 敦子・ネイサン 弘子・本誌編集部

 

進化し続けるロンドン五輪の「夢の跡地」
クイーン・エリザベス
オリンピック・パーク



ロンドン五輪の閉幕から、まもなく2年。
その熱戦の舞台となった地が、
「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」と名称を変え、
4月5日に正式にリニューアル・オープンを迎えた。
今回は、さらなる発展へ向けて日々変貌を続けている、
この英国最大級の都市公園についてお送りしたい 。

 

ロンドンの転換期

パリやマドリード、ニューヨーク、モスクワといった他候補の大都市を制して、ロンドンが2012年のオリンピック開催地に決まったのは2005年。だが、1997年頃から開催地として立候補を計画していたロンドンの最大の弱点と見なされていたのは、交通網の貧弱さだったという。
ロンドン市民すら満足していない地下鉄やバスなど、老朽化したシステムをもって世界中からやってくる観客をさばくことはできない。これらを克服するため、ヒースロー国際空港のターミナル5開業(2008年)や、ユーロスターのセント・パンクラス乗り入れ(2007年)を含む、多くの新路線開発、オイスター・カードの導入(2003年)、自転車レンタル・システム(通称ボリス・バイク)の普及(2010年)など、矢継ぎ早に交通機関のリニューアル計画が導入されたのである。
そして、これらの弱点を克服することとは別に、ロンドンが開催地として選ばれるための理由、つまり「売り物」も必要だった。それが『東ロンドンの再開発』だ。
貧困層や移民層の多くが暮らす地域の開発は、どの大都市も抱える問題だが、そこにダイレクトにメスを入れ、30年以上にわたり放置されていたこの地域にオリンピックを持ち込むことで、活性化を計ろうというものである。すでに発展を遂げ成熟した都市に相応しい計画といえる。新たな会場をやみくもに建設することだけに経費を使うのではなく、「オリンピック終了後のロンドンの街に、いかに恩恵が与えられるか」を構想の軸に据えたのだ。
ここでは、ロンドン・オリンピック委員会とオリンピック・パーク・レガシー・カンパニー(OPLC)によって構想された、オリンピック・パークを中心とする東ロンドンの再開発を、オリンピック開催前から終了後の2030年まで見ていきたい。交通機関のリニューアルと併せて見ると、東ロンドンだけに限らない、非常に大規模な都市再開発計画だということが分かる。進行中の現在ではまだ部分部分しか見えていないものの、20年、30年が経過したとき、「あれがロンドンの転換期だったのだ」と、私たちは改めて気付くことになるのではないだろうか。

 

 

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