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日本の「串カツ屋」をめぐる、まるで映画のようなサクセス・ストーリーを「インディペンデント」紙電子版が取り上げ、話題となっている。
 2002年に創業し、16年に上場、現在は大手串カツ屋チェーン店となった「串カツ田中」の副社長、田中洋江さんの物語だ。
 田中さんはまだ21歳の時に父を亡くした。田中さんの父、勇吉さんは生前不動産業で働いていたが、時間さえあれば最高の串カツを作ることに情熱を注いでおり、そんな串カツはまた田中さんの大好物でもあった。
 勇吉さんの串カツのレシピはどこかに紛れて失われてしまったと思っていた田中さんは、大学を中退し事務員として働くかたわら、余暇は父のレシピ再現に費やした。
 その後、飲食業界に身を置くことを決意。貫(ぬき)啓二さん(串カツ田中・現社長)の経営する飲食店で働き始めた。しかし、勇吉さんのレシピを再現することはできず、時間ばかりが過ぎていった。そのような中、2008年のリーマン・ショックが起こった。貫さんは店を閉めざるを得なくなり、田中さんは持ち物の整理を始めた。
 奇跡が起こったのはその時だった。勇吉さんの手書きの「串カツのレシピ」が見つかったのだ。何度も試行錯誤した跡が、そのメモにはしっかりと残っていた。
 このレシピが、田中さんを飲食店の一従業員から、現在の上場チェーン副社長の地位まで昇らせた。
 田中さんは貫さんと共にそのレシピを再現することに成功。「やれるだけやってみよう」と東京の住宅街で串カツ屋をオープンした。地元の大衆居酒屋をイメージさせる店で、串カツは1本100円とリーズナブルな価格で提供。
 成果はすぐに目を見張るものとなった。深夜1時でも店の行列はとぎれず、遠方から訪れた客の車が近隣住民から苦情が出るほど沿道を埋め尽くした。すぐに店舗数を増やし、現在では全国で146店舗を展開、ハワイにも1店進出している。今年中にさらに40店舗増やす予定だという。
 「父には今でも毎日感謝しています」と、田中さんは話す。「すべては父の遺してくれたレシピのおかげですから」。

 

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